愛染明王
愛染かつらという映画があったため、この明王をご存知の方は多いと思います。
 この愛染明王は、どうも起源のよくわからない明王で、いちおう、サンスクリット語のラーガ・ラージャが語源であるとされているのですが、サンスクリット語の文献で、確かにこれと照合できているわけではありません。
それはともかく、愛染明王の愛染という言葉の語源がラーガであるというのは、なるほどと思わせるところがなくはありません。、
 ラーガという言葉は、もともと、染付け、色つけを意味していましたが、やがて愛着とか、執着とかを意味するようになりました。
 ラーガの漢訳語として、もっとも頻繁に用いられるのが貧、貪欲ですが、愛着と染付けを合体しますと、愛染という言葉も出来上がります。
 また、ラーガというのは、色の中でも、とくに赤色を意味します。こういうせいでしょうか。愛染明王像は、身体の色が赤いものが多いように思えます。これも、光背は、日輪を表す円形をしていますが、これもまた、赤い色が塗られています。
 ところで、インドで愛(愛欲)の神といえば、カーマ神というのがいます。このカーマ神は、弓と矢をもっており、その矢にあたったものはたちどころに恋に落ちるといわれており、西洋の愛のキューピッドを連想させます。
 おもしろいことに、必ずといってよいほど、弓と矢を持っています。なかには、ヘラクレスのように、天のほうに向かって矢を引く天弓愛染明王像というものまであります。
 たとえ愛染の語源がラーガだとしましても、その性格の中に、カーマ神の特徴が紛れ込んでいるのではないかと思われてなりません。
 さて、煩悩の代表格である貪欲を体現している愛染明王が、どうして明王なのかといいますと、じつは、煩悩がそのまま菩提(さとり)であること、つまり、煩悩即菩提という考えを表すためであるとされています。げんに、愛染明王は、仏の智慧を表す金剛薩?菩薩の化身であることになっています。