大日如来

大日如来は、密教の世界の中心にいる仏さまです。
仏様というのは、この宇宙にいったいどれくらいいることになっているのかまったく見当もつかないほど、まさに無数といってかまわないほどいるとされています。だいたい、私達が住んでいますこの世界から、阿弥陀如来の極楽世界に行くまでに、十万億土を通過しなければならないといいます。つまり、西の一方だけで、かるく十万億の仏様がいることになるわけです。大日如来は、こうした無数の仏様の中の仏様、仏さまの王者であるということになっています。深山幽谷を修行の場tとしております修験道は、密教の影響を色濃くうけていますので、修験道の世界の中心にいる仏さまも、やはり大日如来であるということになっています。
 また、霊山とされている山岳には、しばしば大日岳という名前がつけられています。東北の飯豊山系の一峰、白山の尾根つづきの一峰、立山連峰の一峰などがあります。また、白馬連峰に小蓮華岳という美しい山容の山がありますが、これも別名を大日岳といいます。
っとも、神といいましても、梵天(ブラフマー神)を議長格とします、デーヴァ(「天」と漢訳されます)といわれる神とは違い、アスラといわれるグループの神だとされています。

 アスラのすべてが必ずしも悪いわけではないのですが、デーヴァとほぼ対等の力を持っているものですから、なかにはデーヴァの領域を侵犯し、悪さの限りを尽くすものもいました。そこから、アスラというのは、争いごとを好む悪魔のようなものだという扱いを受けるようになりました。アスラは、非天とも漢訳されます。しかし、普通は阿修羅(あるいは略して修羅)と音写されまして、六道輪廻の6つの生き物の領域のなかで、人間世界よりも下の世界の生き物であるとされていますが、これは、こういったことによるのです。
 さて、アスラの太陽神であるヴィロチャーナには、バリという、息子がいました。言葉の上からしまして、このバリはヴァイロチャーナにあたるわけですが、ヒンドゥー教の神話では、このバリは、大変な悪者扱いをされています。バリは、その絶大な力によってデーヴァ太刀をさんざんにやっつけて追い払い、天界、空界、地界の三界をデーヴァたちにかわって支配するようになりました。デーヴァたちも、バリに力でかなうものがなく、困り果てていたのですが、そこで登場したのがヴィシュヌ神です。
 ヴィシュヌ神は、小人に姿を変えてバリのもとに赴きました。バリはこの小人がなかなか気に入りまして、なんでも望みごとをかなえてやると上機嫌。そこで小人は、三歩で歩ける範囲を自分の物にしたいと申し出ました。バリは笑いながら、それを認めました。するととたんに小人は大巨人になりまして、三歩で天界、空界、地界をまたぎました。こうしてとうとう、ヴィシュヌの知略によって、三界は再びデーヴァたちのものになったということです。
ただ、ヴィローチャナ系統のアスラの太陽神たちは、「阿修羅」という漢訳語からうける語感とは裏腹に、威儀をもってアスラたちを統括し、全体としてデーヴァたちと友好的な関係を保っていた大変立派な神だったようです。バリにしましても、デーヴァたちにとっては迷惑千万だったとはいえ、いわゆる悪逆非道のふるまいをしたわけではないようです。
 それよりもなによりも、バリ(おそらくはあのヴァイローチャナ)が、すくなくとも力の上では、すべてのデーヴァ達をしのいでいたということが注目されます。デーヴァ界、アスラ界をふくめて、すべての神々を圧倒する威力の持ち主、陰の最高神というこのイメージは、すべての仏たちのなかの仏でありながら、しかも通常の状態では表に姿を見せることがないという大日如来のイメージと、大変うまく重なり合います。直接の証拠というものが無いのがまことに残念でありますが、こういうわけで、あすらのヴァーローチャナと仏教のヴァイローチャナとの間にはやはり、何らかのつながりがあるようにおもえます。
さて、ヴァイローチャナというのは、毘盧遮那仏(びるしゃな)とか毘盧舎那仏、あるいは略して盧舎那仏というように音写されています。
この「舎」と「遮」のちがいは、新訳と旧訳の違いによるものです。新訳というのは、唐の時代の玄奘三蔵が、仏典翻訳上のこまかな規則をこしらえ上げてから以降の訳、旧訳というのはそれ以前の訳ということです。ただ、わが国では、いろいろな事情やことのなりゆきが絡みまして、伝統的に、華厳宗は「舎」を使い、密教は「遮」を用いることになっています。
 密教よりも前の経典としましては、「梵網経(ぼんもうきょう)」と「華厳経」に、毘盧遮那仏が世界の中心として登場しています。
 大日如来の世界
 大日如来は世界の中心の仏様だといいましたが、それがいったいどういうことであるのかを、密教以前のところから、かいつまんでお話することにします。
 東大寺は昔から華厳宗の学問寺でしたが、その金堂には、毘盧舎那仏が安置されております。世界最大の鋳造仏で、大仏様と呼ばれて親しまれています。もっとも、このならの大仏様は、ふつうは盧舎那仏と、「毘」の字を省略した形で呼ばれています。
 では、この毘盧舎那仏は、「華厳経」に説かれている毘盧舎那仏であるのかといいますと、そうではありません。
じつは「梵網経」(インドのお経を翻訳したものではなく、中国で作られたものだというのが学界の定説になっています)に説かれているものなのです。
 「梵網経」によると、盧舎那仏は、数え切れないほどの年月をかけて修行した末に、正しい悟りに至りました。そして、自らは蓮華蔵世界(あるいは蓮華台蔵世界、蓮華海蔵世界ともいわれます)というところにいて教えをといているといいます。
 この蓮華蔵世界といいますのは、巨大な千枚の蓮の葉からできておりまして、その一枚の葉がひとつの大きな世界にあたりまして、さらにその中に、普通の世界(昔の人々が、とりあえずこうだと思っていた宇宙に相当します)が、なんと百億もあるといいます。
 盧舎那仏は、自ら千人の釈迦に化身しまして、千枚の蓮の葉の世界の一つ一つに住します。そして、その一人一人の釈迦が、さらに百億人の釈迦に化身しまして、それぞれ、菩提樹の下で教えをといているのだとされます。
 東大寺の盧舎那仏をよくよく見ますと、その台座のまわりの大きな蓮の葉のひとつひとつに、釈迦如来が教えを説いている様子が、たんねんに毛彫りされています。まさに、「梵網経」の世界を表現しているわけです。
 百億の普通の世界が千個集まった世界、つまり、普通の世界が十兆個集まった世界を、すべて手中のおさめているのが、この盧舎那仏ですから、まさに盧舎那仏は世界の中心の仏様というにふさわしい仏様です。
 東大寺は、そもそも総国分寺、つまり、全国各地に造営された国分寺を統轄する寺として位置付けっられていました。当時は、仏教は鎮護国家の仏教というわけで、政教一致でしたから、千の百億の世界を統轄する盧舎那仏は、天皇の威光が国中をすみからすみまでいきわたるという、律令制の理想を表現するのにぴったりの仏様だったのです。