不動明王

不動明王とは?
不動明王は、サンスクリット語のアチャラ、あるいはアチャラ・ナータを語源としています。
 アチャラというのは、動かないものという意味で、まさに不動ということになります。無動という漢訳語もあります。また、どっしりとして動かないものというところから、インドでは一般にアチャラといえば山のことを指します。ナータというのは、主人、尊敬に値する人などという意味で、漢語で言えば、尊というあたりが適当かと思われます。げんに、不動尊という呼び方も有ります。
 ただ、厄介なのは、明王にあたるヴィディヤー・ラージャというサンスクリット語が、どういうわけか、不動に連合していないということです。
では、不動明王は明王ではないのかといいますと、それはそうともいえません。不動明王は、密教では明らかに明王として扱われていますから、あまり問題ではないというべきでしょう。
不動明王の性格
 不動明王が教令輪身であり、大日如来の命令を受けて、人々の煩悩を断ち切るために奔走します。一方不動明王は、自ら誓いを立て、如来の召使であり、使い走りでも何でもこなすのである、ともいわれています。また、如来に対してだけではなく、如来とイコールの立場に立ちつつある行者に対しても奉仕し、行者の食べ残しをいただくとも言われています。
 そこで、不動明王は、しばしば不動(無動)如来使といわれています。つまり、如来、とくに大日如来の使者、召使という意味です。
 なお、不動明王は、召使といっても、子供(童子)であるとされています。子供の召使にでもできるような、どんなくだらないことでもきちんとやるということなのでしょうか。ともかく、そういうわけで、不動明王は、子供の体型をしているのです。
 胎蔵曼荼羅では、中台八葉院のすぐ下(西)の持明院(五大院)のなかに、わたしたちになじみの深い形をした不動明王が安置されています。
 持明院は、仏の智慧が、煩悩を断ち切る力を表していることになっているのですが、胎蔵曼荼羅の理想は、方便ということですので、不動明王にも、方便を駆使するという性格がついてまわることになります。
 そもそも、忿怒の相じたい、慈悲の心の裏返しでありまして、方便であるといえます。また、だからといって、ひとをおどかしてばかりいるのかというとそうではなく、人びとの、どんなにあつかましい世俗的な願い事であっても、全力をあげてその実現のために奔走してくれるということになっています。まさに、方便こそがすべてというふうなのです。

 不動明王のかたち
姿の特徴
わが国では、不動明王の図像上の特徴が、十九項目にまとめられており、多少規格外のものはありますが、中世以降はだいたいその十九項目にしたがって不動明王像がつくられてきました。
 これを、不動明王の十九観といいます。このなかには、不動明王の定義とか、性格とかを定めたもので、図像そのものに直接かかわらないものもありますので、そうした項目を省いて、以下に紹介することにします。
 まず、子供(童子)のかたちをしています。不動明王像は、目と口を見る限りではただ恐ろしげなだけですが、それ以外のところを見ますと、どことなく不完全な成熟していない体つきをしています。 
 それに加えて、肥満体で、いかにもいやしいといった感じで、ぶよぶよしていなければならないとされています。これは、不動明王が、くだらない用事でも使い走りをする召使であるということからくるものでありまして、いかにも高貴でりりしそうな格好をしていたのでは困るわけです。
 頭髪は、七莎?となっています。七莎?というヘアスタイルはどうやってつくるのかよくわかりませんが、じっっさいの図像を見てみますと、長い髪を七つの束に分け、小さな噴水のような形にまとめた格好をしておりまして、どう見ても美的ではありません。
 莎というのは、浜菅(かやつり草の一種)のことです。浜菅の細長い葉が、ちょうどすすきのようにすうすうっと流れるようになっている様がこのヘアスタイルににているということなのだと思います。
 つぎに、左側に弁髪をたらすことになっています。たいてい左のこめかみあたりまで、まるでおさげのようないっぽんの弁髪をたらしています。
 つぎに、額にしわをよせています。このしわのことを、普通は水波(すいは)とよびならわしています。つまりは、しかめつらをしているということです。その理由はいろいろとあげられていますが、こき使われる召使であって、しかも忿怒の相をしていなければならないのですから、しかめつらにもなろうというものです。
つぎに、右の目はあけていますが、左の目は閉じています。あるいは、左の目は、うす目をあけたかっこう(これを眇びょうといいます。)になっています。もっとも、両目をかっと開いた像も、たくさんつくられています。
 つぎに、右の下の歯で上の唇を噛み、左の上の歯で下の唇を抑えるという、不動明王像独特の奇怪なかたちをしています。
しかも、歯がはみ出ているとはいえ、口はしっかりと「へ」の字に結んでいます。無言の構えで相手を威圧しようというわけです。
 つぎに、右手には剣をもっています。これは、煩悩を断ち切るための剣です。仏教では、こうした剣のことを利剣といっています。かなり後代の作例を見ますと、この剣の刃には、竜がまきついていることがあります。この竜の名は倶利伽羅竜、そこで、こうした剣は、倶利伽羅剣と呼ばれています。
 つぎに、左手には、羂索をもっています。不空羂索観音が持っている、例の、捕縛用の縄のことです。煩悩をきりきりとしばりあげるための縄であるといわれています。
 つぎに、大磐石(だいばんじゃく)のうえにどっしりと座っています。そこで、不動明王は、実際の作例では、岩座の上か、瑟瑟座(しつしつざ)のうえに座っています。瑟瑟座というのは、四角く切り出した石材をくみ上げたものを考えて考案された台座のことです。どっしりとかまえて動かないこと、まさに不動ということを象徴しているといえます。
 つぎに、青黒い、汚らしい体の色をしています。おそらくこれは古代インドの下層の人々が全般に黒い肌をしていたこととかかわりがあろうかと思われます。また、インドでは、忿怒の相をした神の像は青黒い色で作られることが多いそうですが、それともかかわりがありそうです。とはいいましても、世に名高い赤不動や、黄不動といったように、別の色で図像化された不動明王像も有ります。
 つぎに、忿怒の姿をしていますが、これについては、もう説明は不要かと思います。
 つぎに、迦楼羅炎(かるらえん)が光背になっています。迦楼羅というのは、サンスクリット語のガルダの音写語で、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神がのりものとしている大きな鳥のことです。金翅鳥(こんじちょう)とも呼ばれ、孔雀と同じく。毒蛇(竜)を好んで食べるといわれます。この迦楼羅が羽を広げたような格好をしている炎が迦楼羅炎です。つまり、煩悩という毒蛇のようなものを、食い滅ぼしてしまうというということを象徴しているのです。
 つぎに、二人の童子が脇待(わきじ)として左右にひかえています。これにつきましては、このあとをご覧ください。
 不動三尊
不動明王像は、必ずといってよいほど、二人の童子を脇待としてしたがえています。一人の名は矜羯羅童子(こんがらどうじ)もう一人の名は(せいたかどうじ)といいます。
 矜羯羅は、サンスクリット語のキンカラの音写語、はおなじくサンスクリット語のチェータカの音写語ですが、どちらも、召使とか、奴僕とかを意味しています。
 つまり、召使である不動明王の脇待は、やはり召使であり、そして、童子である不動明王の脇待は、やはり童子であるということで、なかなか理屈に合っていると考えられます。
われます。
 また、矜羯羅童子は、肌が白く、いかにも温厚そうな顔立ちをしており、しばしば、胸の前で両手をあわせて合掌しています。
 

それに対して、は、矜羯羅童子とは大分感じが違います。
 は、肌が赤く、(例外も有ります)いかにもたくましい顔立ちをしており、しばしば、両手で金剛棒という武器を持ち、いつでも攻撃できるような構えをとっています。また、しばしば、頭髪は五束に結んでいます。ひとつが中心にあり、そのまわりを四束がかこむかたちになっておりまして、これは、仏の五智を表しているのだとも言われています。

 それにしても、静と動、きわめてよくできた好対照であるといえます。